小倉城跡(136m) 散策 埼玉県比企郡嵐山町/ときがわ町
令和5年(2023)2月21日 曇り 参考地形図 武蔵小川
駐車場から大福寺本堂の右手に登り口があるが、郭1に置いてあるパンフレットでは本来の登城道ではないようだ。杉林の右奥に神社らしき物が見えるが、パンフレットには熊野神社とある。見えなかったが小さな腰郭群がある。
  
登り詰めると、郭3と郭1の分岐になり、郭3の石垣を見に郭下へ行くと、角に立入禁止と札が掛けられている。コの字型に120メートル石垣があるらしいが、回り込んだ虎口側には行けず、角の石垣のみ眺め堀切側に戻る。
  
郭1十の堀切は一部岩盤を削り彫り込んでいる。上に架かる木橋は通行禁止、郭内の虎口下へも立入禁止となっていた。各要所には案内がある。
堀切、右は郭1・左は郭3 |
各要所には案内あり |
郭3の一風景 |
  
分岐に戻り郭1方向へ。やや上り加減の先に東帯郭虎口があり、右下には更に帯郭がある。東帯郭を抜けた先に、左奥の郭1の北虎口に登る道がある。前方に発掘調査中の枡形虎口跡が見え、北郭群には行けない。下を覗けば北に向かう道にもロープが張られており、北からも来られない。北郭群に行くには、本来の道と記載された北尾根を歩くしかない。
  
郭1北虎口は登って直角に曲がり虎口になるので、外枡形だろうか、土塁上から攻撃可能に思える。左右の土塁の内、特に左には石積みがよく分かる。
  
虎口から一部の土塁に上がれる。東側の眺めが良い。また郭内は北虎口側が一段高い二段構造になっている。北を除けば周囲を高い土塁で囲んでおり、特に南虎口と東虎口間は三段の石積みが確認されているが、埋め戻されている、と案内に載っている。
  
  
境は堀切になり、郭2内は直進する。堀を進めば東下の帯郭になる。東虎口左右の土塁にも石積みが確認出来る。小口下は小さな平地で、郭3に木橋が架けられている。
  
郭2へは南虎口を出る。境は堀切になり、直進し上がれば郭内へ、堀を行けば東下の帯郭となり、先に長く続いている。
  
帯郭から東に下ると帯郭らしき平坦地が幾つか見える。虎口構造になった土塁状があり、石積みが確認出来る。更に下れば郭5になる。ここまで見学する方は多くないようで、郭5の途中から落ち葉などで踏み跡は隠れてしまう。
  
帯郭に上がって南へ行くと、大堀切跡に着く。堀切はそのまま竪堀になって落ちてゆく。今は堀切は埋まりかなり浅く、奥に入ってみたが、折れは分かるがかなり埋まっている。郭4へは推定で橋を渡ったようだが、ここも土橋に見える。
右上は郭2、中央は大堀切 |
大堀切は竪堀となって |
郭4の一景色 |
  
郭2は郭1よりやや狭い。東は記憶にないが、西から南はしっかりと土塁が廻っている。西隅から南は伐採されて眺めが良い。下に大堀切・郭4が眺められる。
  
  
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