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於曽屋敷跡〜旧高野家住宅・甘草屋敷〜連方屋敷跡 山梨県甲州市/山梨市
令和6年(2024)4月2日  晴れ             参考地形図 上野原

1.於曽屋敷  山梨県甲州市

 於曽公園として整備されている。塩山駅から南に数分行った場所が北側の入口になる。傍らに縄張図、発掘調査の写真が載っている。二重の堀と土塁に囲まれていたようで、外土塁は北側を除いて消滅。内土塁は他の三方向に残る。
塩山駅 北東入口の案内 北東入口の案内


 入口に立てば東側の土塁と浅くなった堀が見られる。北側の外土塁は西の部分は私有地内になり見られない。外側の道は恐らく堀であったろう。
東の内土塁と堀 北側の外土塁 外土塁北の堀跡か


 内堀は西と南に水路として残る。公園の南側には於曽第二公園が隣接する。第二公園の北西に、おそらく外土塁の一部であろう低い土壇がある。公園の半分は民家になり入れない。南の土塁の切れた門跡は、民家の入口になりポストがあり中へは入れない。圧巻なのは南土塁の大きさで、高さ・基部の幅とも見応えがある。
西の内堀(溝程度) 西内堀の西に高まり 南の内土塁

南入口の説明板 南土塁を東に向かって 南土塁の上から東を


 敷地の半分は私有地だが、一辺100mの敷地は大きく見える。東土塁の中央に土塁の切れた場所があるが、縄張図に水路跡と載っている。北東部の入口近くの内土塁は低くなり、痕跡を残す程度になっている。
南土塁上から内部 東の内土塁の欠けた所 北内土塁から東を


 塩山駅の北口前に甘草屋敷(旧高野家住宅)があり、敷地内に入れるが、主屋は300円ほどの拝観料がかかる。江戸中期の八代将軍・徳川吉宗の治世に、幕府の命により甘草を栽培し納めた・・・と載っている。
甘草屋敷・旧高野家住宅 甘草屋敷・旧高野家住宅 甘草屋敷・旧高野家住宅


  
2.連方屋敷  山梨県山梨市

 連方屋敷は資料に乏しく、築城者・呼称の由来については定説化したものがない。武田時代の年貢・銭貨などを管理運営した御蔵衆の管理する蔵が一部にあった・・・と説明板に記載されている。

 東山梨駅から南に数分で着く。まず迎えてくれるのは立派な土塁である。於曽屋敷と同じく三分の一程が私有地で、民家・果樹・畑になっている。民家側では跡地の南の入口から西に向けて土塁が残り、北から西にかけても民家で入れないが、先に続いている。
東山梨駅 北の土塁 北東角から土塁・堀

北東角から西を 北土塁の上から南を 北土塁の上から西を

北土塁の西先 南入口 南口から内部

南入口の案内 東土塁の南端 南土塁の一部

南土塁の西辺り 屋敷範囲の南西部 西の水路と土塁



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