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箕輪城跡 散策      参考地形図 下室田
令和5年(2023)11月29日  晴れ 群馬県高崎市箕輪町

 城跡の東にある搦手口駐車場に停める。駐車場の西には南北に外堀が描かれているが、見た限り全て埋まっているが、北方向はやや低く堀が想像できる。搦手口から南へ続く城塁なども綺麗に刈られ整備されている。
駐車場の西、堀跡の低地 脇の縄張図 搦手口から南へ続く城塁


 搦手口標示から幾つかの散策コースが設けられている。反時計回りに行けば、稲荷曲輪の東の堀が現れ、そのまま先で新曲輪内に入るが、新曲輪北の外堀跡を観て稲荷曲輪へ戻る。
搦手口 稲荷曲輪の東の堀 新曲輪の北の外堀跡


 新曲輪標示場所から郭内へ、すぐに稲荷曲輪への虎口・土橋がある。稲荷曲輪と新曲輪の堀は浅いがよく残る。新曲輪奥に丸馬出の標示があるが、弧をを描く堀跡が分からないまま引き返す。堀底道を御前曲輪・本丸の西下を進む。
新曲輪を東から 稲荷曲輪への虎口 稲荷曲輪

稲荷曲輪から新曲輪へ 稲荷曲輪と新曲輪の堀 御前曲輪の西下


 雄大な堀底を行くと、本丸西虎口に架かる木橋が見え出す。橋脚を過ぎて右斜面を登れば三の丸に出る。虎口風な場所になっている。
本丸西虎口に架かる橋 橋脚から南を 三の丸 虎口風


 三の丸北側に数段の平地はあり、蔵屋敷と標示され、本丸西虎口へ木橋が架かる。工事中で木橋は通行禁止。三の丸の西側に虎口門の石垣が観られる。更に先には城塁を覆う石垣が残存している。二の丸への土橋を通り二の丸へ。そのまま郭馬出を出て、木俣に行く。
数段ある蔵屋敷 蔵屋敷からの端 三の丸虎口門石垣

三の丸石垣 二の丸への土橋 木俣


 木俣からの眺めはよく、赤城山・遠景だけでなく、大堀切を挟んで観る郭馬出の復元門の眺めがよい。木俣とは幾つかの道が集まり、木のまたのようなので、と記されている。
木俣から赤城山 木俣から復元門 門を正面から


 復元門前から大堀切に下がって見ると、頭上に土橋・門が迫力を増す。二の丸側への土橋下には復元整備だろうが石垣が存在する。大堀切を西方向は竪堀になり、大手虎韜門口の駐車場に着く。
大堀切の底から 二の丸土橋下の石垣 大堀切の西方向


 郭馬出から二の丸へ。東屋・トイレなどが東側、搦手口へ下る方にあり休憩する人が多い。単に広い広場でこれと言った遺構が分からない。
郭馬出から二の丸土橋 二の丸北側 二の丸 西方向


 本丸への土橋を渡るが、左手の堀は折れて先の南虎口前の小馬出を形成する。本丸は周囲を土塁が囲む。
本丸手前の小馬出を 土橋左下の堀 本丸南虎口

本丸東側の土塁 城跡碑 碑から北西方向

本丸 土塁 本丸西虎口の木橋 本丸 風景


 本丸北側が堀を隔てて御前曲輪であり、鎮魂碑・井戸跡・西虎口門跡などある。曲輪の北からは稲荷曲輪の北西下に出られるが、本来の虎口だったのか。
本丸北の堀、右が御前曲輪 本丸側から御前曲輪 御前曲輪 井戸跡


 搦手口へ戻り、大手虎韜(ことう)門跡の駐車場へ向かう。囲いの中に門跡の標示がされている。駐車場のには、大堀切からの竪堀が来ており、少し先には鍛冶曲輪跡の入口がある。鍛冶曲輪跡の標柱はあるが、一帯は木が生い茂り分からない。さらに大手門跡へ行く。大手門跡の標示と、道を挟んだ場所が丸戸張とある馬出のような曲輪の一部らしい。道も堀跡だったかも知れない。
御前曲輪の西の虎口 二の丸から搦手口へ 大手虎韜(ことう)門跡

鍛冶曲輪跡 大手門跡 門跡から見た丸戸張



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