小泉城・堺城・今村城・那波城 の散策
令和6年(2024)8月15日 晴れ
1.小泉城跡 群馬県邑楽郡大泉町
城址公園の正式名称は城之内公園、東西に駐車場が設けられている。入口はいかにも城らしく、模擬石垣が造られている。大手橋側の東駐車場を利用。駐車場・大手橋一帯は二の丸とあり、本丸虎口の馬出にも思えるが、多くは道路・宅地になっている。橋の左右の堀はよく遺るが、両側面は石垣風な補強がされている。
  
橋を渡り本丸内へ。土塁は一周しており、崩れ防止のためか、下部を石垣風に補強している。数ヶ所に土塁に上がれる石段が設けられ上を一周可能。
本丸内北側の土塁 |
南の堀を土塁上から |
西から大手橋方向 |
  
説明板では公園部以外は中学校・民家などの敷地で、北から西の堀・土塁が残るのみ。外郭の堀外から中へ橋が付けられ、土塁を上り郭内へ。よく公園整備されると、土塁を開口して道を造るが、ここでは土塁に石段を設け上り下りをする。
  
本丸同様、土塁の上も歩ける。中学校の境近くで西の堀・土塁は終わり、駐車場がある。この辺りの土塁が一番高さ・形がよく見応えがある。
  
西の堀、遺構はここまで |
西の土塁上から |
西の土塁下、左は堀 |
  
中学校の境にも土塁跡らしき高まりがあったが、公園化の整地跡かも知れない。本丸南東部の折れ部分にも橋が架けられ本丸内へ入れる。ここも土塁を上り下りする造りになっている。
学校の境界の風景 |
本丸堀の折れ部分 |
大手橋を南から |
  
2.堺城址 伊勢崎市境町
境公園・北の長光寺、西の支援学校を含む辺りが堺城跡になるらしい。公園は他に比べ狭く、遺構らしき物は、南の池(沼)が堀の一部だったようだ。池の中央には弁財天が祀られている。他の画像では池に水があったり、干上がっていたりと載っているが、一面に草が生い茂り形すら掴めない。
  
  
3.今村城・那波城 伊勢崎市稲荷町/堀口町
那波氏の居城の一つ。伊勢崎市の田園地帯にある民家の敷地に、城址碑と説明板が建っている。左手が幅広く一段低いので、堀跡だったのか。
  
  
飯玉神社の南に名和小学校がある。東道路沿いの敷地内に城跡碑と説明板が建つ。小学校の東200メートル程に、那波城跡・本丸跡の碑が建つ。主郭だった辺りは畑、名和幼稚園、第二中学校の敷地になり、広範囲だが遺構は消滅している。 更に東を流れる韮川が外堀の役目をしていたのか。今は直線の川だが本来は蛇行していたのでは。東南に昌雲寺が建ち、この辺りも郭の一角を成していたとある。
飯玉神社鳥居 |
小学校沿いの城址碑 |
東を流れる韮川から |
  
  
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